蒲鉾(かまぼこ)・さつま揚げについて ~原材料や歴史~

蒲鉾(かまぼこ)・さつま揚げについて ~原材料や歴史~

いちき串木野市にある蒲鉾工場へ見学に行きました。漁港の有名な町で、水揚げされる魚を原料にしたさつま揚げが特産品です。

鹿児島といえばさつま揚げが有名ですが、いざ考えてみると知らない事や分からない所があるなあと思い、今回の記事としてまとめることになりました。

蒲鉾について

蒲鉾は練り製品の一つで、原料の魚には、イサキ、イトヨリダイ、エソ、オオギス、サメ類、スケトウダラ(スケソウダラ)、イシモチ(グチ)、ニベ、ハモ、モツ等です。

板付き蒲鉾の場合、白身魚の白身部分のみを使用し、赤身や血合い肉は使いません。捌いた魚の身を水に晒して、身の血液や脂肪を取り除きます。

この身を石臼等ですり潰し、砂糖、塩、みりん、卵白を加えて練り合わせます。(本来、塩を加えて練る事で自然と粘り気は出るそうですが、後の工程で整形を行いやすくするために増粘安定剤等の食品添加物を加える場合もあるそうです)

板付き蒲鉾は、練り合わせた身を「手付き包丁(附庖丁・つけぼうちょう)」というへら状の特殊な包丁を使って、「かまぼこ板」に半円状に盛り付けていきます。機械で盛り付けたり、型抜きで成形される場合もあります。

成形後は、蒸すまたは焼くことによって熱を通します。加熱方法の違いにより、「蒸しかまぼこ」、「焼きかまぼこ」に分けられますが、「焼きかまぼこ」と呼ばれるものの多くは、蒸しかまぼこの表面に焼き目を付けたものです。板に盛り付けずにそのまま成形加熱したものもあります。(リテーナ成形かまぼこ)

製法によって、杉などの小さい板に半円筒形、いわゆるかまぼこ型に盛られた「板かまぼこ」、麦わら等に巻き付けた「(簀)巻きかまぼこ」、薄く削った蒲鉾を乾燥させた「削りかまぼこ」等があります。

蒸す・焼く以外に茹で・揚げ等で加熱される物もあり、茹でた物ははんぺん、つみれに、揚げた物は揚げかまぼことなります。

なお、一般的に練り製品は細菌やカビによって傷みやすいです。

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揚げ蒲鉾について

魚のすり身を調味・加工して揚げたものの総称。練り製品・蒲鉾の分類の一つです。

「揚げかま」「天ぷら」「てんぷら」「〇〇天」「はんぺん」とも称され、代表的な製品には、すり身に調味料を加えて成形して揚げた物があります。その他、「ごぼう天」「ウィンナー」等すり身を巻いた物、すり身で包んだ「爆弾かまぼこ」があります。

フライにしたカツレツ製品もあり、使用される具材によって、「ごぼう天」(魚種:スケトウダラ、エソ、ハモ、ゴボウ)、「じゃこ天」(愛媛県宇和島地方の特産で魚種:ホタルジャコ、ヒメジ)、「白天」(大阪を中心とする京阪神特産で魚種:グチ、ハモ、スケトウダラ)等呼称が分かれます。

原料にスケトウダラ・タラ・エソ・グチ・ハモ・ワラヅカ・ゲンゲ等の白身魚を使用する物は中身が白くなり、イワシ、アジ、ホッケ等を使用すると中身が灰色もしくは黒色になります。じゃこ天用にはホタルジャコ、ヒメジ等が材料に使用されます

おでん、煮物、鍋物、酒の肴、弁当のおかず等に利用されます。

揚げ蒲鉾は比較的歴史が新しく、その一つである「さつま揚げ」は、薩摩藩が琉球を支配するようになった17世紀以降に沖縄の「チキアギ(つけ揚げ)」が伝来し、「さつま揚げ」、「てんぷら」の名前で全国に広まったと考えられています。

さつま揚げについて

さつま揚げは、魚肉のすり身を成型し、油で揚げた料理で揚げ蒲鉾に分類されます。

中国由来の料理が琉球に伝わり、薩摩を経由して全国へ広がったとされ、島津斉彬が他の藩の蒲鉾等をヒントに鹿児島の高温多湿な風土に合う揚げ物の料理を考案させたという説があります。

鹿児島県、沖縄県ではつけ揚げ(琉球方言ではチキアギ)と呼ばれ、関東ではさつま揚げ、西日本ではてんぷらとも呼ばれています。

魚のすり身に塩・砂糖等で味付けし、形を整えて油で揚げます。丸形、角形と形は様々あります。ゴボウ、イカ、ゆで卵等の素材を包み込んだものもあります。

水産地では、地元で多く取れる魚を材料にすることが多く、イワシ・サメ・カツオ・サバ・ホッケ等と多様ですが、ほとんどの場合二種類以上の魚を混ぜて使います。

すり身のみで作られた物の他に、きくらげ、紅しょうが、玉ねぎ、ネギといった野菜を入れた物、じゃこ、イカ、タコ、エビ等の魚介類を入れた物、薬味を加えた物等もあります。

そのままで食べるか、あるいは軽く焼いてショウガ醤油、からし醤油等を付けて食べます。

おでん種、うどんの具、皿うどん(長崎県の郷土料理)の具、煮物の材料にもなります。

蒲鉾の歴史

古くは材料を竹の棒に筒状に巻いて作り、その形が蒲(がま)(※水草の一種で、ソーセージに似た雌花の集まった円柱形の穂を付ける)の穂に似ている事から「蒲鉾」と呼ばれるようになったとされています。最初の頃に作られた蒲鉾の材料は、現在のような海水魚ではなく、淡水に棲むナマズを主なものとしていました。

竹を抜き取ると現在の竹輪の形になり、後に登場する板の上に成形した「板蒲鉾」と区別するために「竹輪蒲鉾」と呼び分けていましたが、元祖の方は「蒲鉾」がなくなって「ちくわ」になり、板蒲鉾の方は板がなくなって「蒲鉾」になります。

平安時代の『類聚雑要抄』(寝殿造の室礼(しつらえ)と調度について記した古文書)には藤原忠実が永久3年(1115年)に転居祝いに宴会を開いた際、串を刺した蒲鉾が登場しています。これを確認できる最古の文献上で確認できる蒲鉾であるとしてとして、業界団体ではその数字を取って11月15日を蒲鉾の日としています。

白身の魚は高価で、蒲鉾も御馳走と考えられていました。時に贈答品として用いられ、おせち料理にも利用されます。

関白で知られる豊臣秀吉の子、豊臣秀頼の大好物とされ、本能寺の変の直前、織田信長の最後の晩餐にも供されています。蒲鉾が商品として販売されるようになったのは江戸時代以降、食品工業的に生産されるのは明治以降の時代になります。

武家の結婚式では鯛が縁起物として欠かせませんでしたが、経済面の事情で用意できなかった場合は絵や模造品で代用しました。その一つが細工蒲鉾(飾り蒲鉾)で、次第に庶民の結婚式にも縁起物として出されるようになりました。

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食べ方

生で食べても問題なく、素材の味を楽しむなら最適な食べ方です。少量のワサビやしょうゆをつけて食べる人もいると思いますが、蕎麦屋や居酒屋では板わさとして提供されます。

マヨネーズとの相性も良く、軽く火を通して酒の肴にすると、生とはまた違った味があります。天ぷらやフライとすれば、立派なおかずになります。

薄く切って、うどんや蕎麦、雑煮等の具として使うのも一般的です。

沖縄そばでは定番の具であり、福井県敦賀市周辺の食堂には、蒲鉾をメインに据えた「かまぼこ定食」というメニューもあります。

おわりに

工場見学の終わりに、できたてのさつま揚げを頂く機会がありました。やっぱりできたては、お店で買う時よりも味が違うように思います。

工場やその中にある直売店を見て、普段食べる普通の物以外に、様々派生商品があるのを知れて興味深かったです。(※カレー味の商品、豚肉を使ってとんかつ風にしたような商品とバラエティーに富んでいました)

工場見学による世の中の見方しても、蒲鉾・さつま揚げのバリエーションにしても、幅が広がれば楽しいもの、と思えた体験でした。

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