さつま町エリアでお出かけするなら

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薩摩川内市・川内エリアについて記事にしたので、範囲を広げて書いていこうかと考えております。

今回は薩摩川内市の隣町、さつま町エリアについてまとめていきたいと思います。

出かける場所の選択肢の参考となれば幸いです。

紹介する場所

さつま町エリアにある場所を紹介していきます。

県立北薩広域公園

鹿児島県薩摩郡さつま町虎居(旧宮之城町虎居)にある鹿児島県立の都市公園(広域公園)です。

川内川に面する一帯に位置し、人と自然とのふれあいが体験できる北薩地域全体のシンボルとなっています。

公園の管理事務所があり、広場でイベントも開催される市の庭。

かやぶき屋根で絵本が置かれてある里の家、日曜祝日等に竹細工教室が開催される体験工房、ソバ打ち、あく巻などの料理教室の開催される峠の茶屋、等からなる民芸むら。

創造の森では、自然の地形を活かした空間に遊具が配置され、自然の中で遊ぶとともに、自然の森の散策や景観の展望等を自由に創造、工夫して楽しみながら健康増進、心身のリフレッシュを図れる場所がコンセプトです。

公園内の歴史ゾーンには、かつて虎居城と呼ばれた山城があり、公園内の大型冒険遊具はその山城をモチーフとしています。

これら以外にも季節感を漂わせる草花・立木と触れ合える歳時記の庭やタケノコ掘り、キノコ栽培、炭焼きを体験できる里山、芝生の広場を中心に幼児向け遊具、トレーニング器具が併設されたランニングコース、野外コンサートの開かれるみんなのステージ、亀の池、陽だまりの丘等のあるのびのび広場、運動広場は鹿児島県営のグラウンドが1面、さつま町営の2面のグラウンドがあり、世界各種の竹が植栽されているちくりん公園もあります。

キャンプ場もあり、年末(12月28日~31日)以外は利用することができ、バーベキューの道具や寝具は業者からのレンタルによっても利用できます。

自然と触れ合いながら遊んだり、様々な体験をしたり、キャンプすることによって自然の中に身を置く時間を作るというのはいかがでしょうか?

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鉄道記念館と旧宮之城線

鹿児島県薩摩郡宮之城町屋地(現・さつま町宮之城屋地)に設置されていた日本国有鉄道(国鉄)宮之城線の駅跡地です。

宮之城線は1926年(大正15年)に開業し、1987年(昭和62年)に宮之城線廃止に伴って廃駅となりました。

廃駅後は鉄道記念館となり、観光案内所、バスターミナル、会議室などに利用されています。

旧国鉄宮之城線に関する資料や展示品もあり、宮之城線が運行されていた頃の名残を感じられます。

さつま町のみならず、永野や樋脇にも旧宮之城線の駅だった跡地に記念館があり、駅があった場所によっては、当時の駅舎や車両、ホーム、線路等が保存されてます。

旧宮之城線の川内駅~薩摩大口駅間には20もの駅がありました。

川内駅を起点とし、薩摩大口駅を終点とする路線総延長が66.1kmで、キハ40系、キハ52系と呼ばれる車両が運用されていました。

元薩摩山崎駅~入来駅間の線路が走っていた道(※地元の人は『鉄道道』、『電車道』等と呼んでいます)の道沿いには桜が植えられていて、春には桜の並木道となります。

各駅の跡地を巡って写真を取り、地図に印をつけて辿っていけば、ちょっとしたオリエンテーリングとなるでしょう。

鉄道の跡を辿りながら、昔の姿やルートを想像してみるのも面白いかもしれません。

鶴田ダムと大鶴湖

鶴田ダムは川内川の本流中流部に建設されたダムで、昭和40年(1965年)3月に完成されました。

堤高117m、堤長450mにもなる重力式コンクリートダムで、九州最大を誇る規模となっています。

洪水調節と水力発電を目的に建設され、また平成18年7月豪雨の水害をきっかけに、ダムの能力を拡張する再開発が行われました。

見学を申し込むことで、鶴田ダム内部や操作室を一時間程度の時間で見学していくことができます。

ダムをモチーフとした『鶴田ダムカレー』を提供するレストランがある『川内川大鶴ゆうゆう館』もあり、鶴田ダムを臨みながら食べることができます。

大鶴湖は、鶴田ダムによって形成された人造湖で、昭和62年(1987年)に旧鶴田町(現さつま町鶴田地区)と旧大口市(現伊佐市大口)の名前から「大」と「鶴」の字を取って大鶴湖と命名されました。

湖周辺の整備が行われており、春には湖畔をソメイヨシノが彩ります。

ジョギング大会も行われ、例年500人以上が参加して健脚を競います。

九州におけるヘラブナ釣りのメッカとされ、毎年2月頃から巨大なヘラブナを釣ることができ、多くの釣り客がやってきていますが、近年のブラックバスの増加の懸念により、毎年春に駆除目的のバス釣り大会も催されています。

1991年(平成3年)6月15日に、体長30cmの全身金色のナマズが釣りあげられて話題となり、翌年の6月26日にも尾に黒色が残っているもののほぼ全身金色で、体長が40cmのナマズが捕獲されました。

湖の上流端には曽木の滝があり、増水時には川幅一杯に水が豪快に流れ落ちる様子から『東洋のナイアガラ』とも呼ばれています。

曽木の滝の1.5km下流には「旧曽木発電所遺構」があり、これは日窒コンツェルンの創始者野口遵(のぐち・したがう)が、水俣市の化学工場に電力を送電するために建設した水力発電所の遺構で、鹿児島県唯一の明治期建造煉瓦建築物となっています。

毎年4月になると姿を見せ始め、ダムが洪水調節のために水位を下げている9月まで見られますが、冬季には完全に水没しています。

川内川や曽木野滝、大鶴湖といった水辺の自然と、鶴田ダムや旧発電所跡といった人工物の組み合わせを楽しむというのはいかがでしょうか?

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紫尾神社と紫尾温泉

紫尾神社は鹿児島県薩摩郡さつま町紫尾にある神社です。

ニニギノミコト、ヒコホホデミノミコト、ウガヤフキアエズを祀り、三面の大鏡を御神体としていますが、鏡は源実朝が奉納したものと伝わっています。

中世の頃、この神社には『西の高野山』と呼ばれた『紫尾山祁答院神興寺』という神宮寺(※日本における神仏習合思想に基づいて神社に附属して建てられた仏教寺院や仏堂)の坊(※僧房・僧坊とも表記される寺院内において僧侶が生活を送る居住空間及び建物自体を指す言葉)が置かれ、修験者が群参したとされます。

多くの修験者達が入山した紫尾山は、かつて西州の大峯と称され、西国有数の入峯修練の大道場となるほどの規模を誇るものだったそうです。

寺院自体は天正年間(ユリウス暦1573年8月25日~グレゴリオ暦1593年1月10日(※ユリウス暦では、1592年12月31日))の戦乱で荒廃してしまいましたが、紫尾神社へ向かう途中の道には歴代の住職たちの墓石が並んでいます。

17世紀中頃、紫尾神社の神託によって永野金山(※さつま町エリア内に、永野金山産業遺跡群となって当時の跡が残っています)が発見されたことで有名になり、金山発見のお告げをした神が座す社という伝承から鉱山関係の参詣者が多かったそうです。

初詣には毎年約一万人の人出でにぎわいます。

紫尾神社の近くには、『神の湯』と呼ばれる紫尾温泉があり、紫尾神社の下から湧き出ています。

『紫尾温泉 神ノ湯』、『紫尾温泉 旅籠しび莊』、『紫尾の湯の宿 くすのき莊』、『四季の杜 紫尾庵』といった区営温泉や旅籠、旅館が軒を連ねております(※『四季の杜 紫尾庵』は川を隔てて少し外れたところにあります)。

秋になると温泉を利用して、渋柿の渋抜きが行われ、『あおし柿』と呼ばれています(10月より)。

宮之城歴史資料センター

宮之城歴史資料センターは、郷土の歴史・文化遺産を後世に伝え、併せて教養と文化発展を目指して設立された施設です。

遠い昔の古代に造られた石器や土器、宮之城の武士達が大切にしてきた甲冑、刀剣類、川内川越しに隣接する虎居城跡のジオラマ、町内の発掘調査の成果、民俗芸能や歴史・文化についての紹介作品を目にすることができます。

歴史資料センターの近くには、島津氏分家で宮之城家当主でもあった島津忠長が菩提寺として建立した妙心寺末寺「大徳山宗功寺」の跡地である宗功寺公園があり、鹿児島県指定史跡となっています。

宗功寺のあった地には、戦国時代まで松尾城という山城があった地で、宗功寺関連の資料も展示されています。

こういった地域の資料館は、全国向けのメディア番組等では取り上げない歴史や文化について知るきっかけとなるかもしれない場所です。

地域ごとの歴史や文化の違いを感じられれば、また違ったものが見えてくるかもしれません。

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おわりに

薩摩川内市・川内エリアに続いて、さつま町についてまとめました。

調べてまとめているうちに、自分の身近にある観光スポットや名所というのは子どもの頃の行事等で行ったきりで、その後に行ったことがないなぁ、と思いました。

この記事に取り上げた場所に限らず、そういった場所に行ってみるのも、懐かしさと同時に新しい発見があるかもしれません。

(※当記事は、感染症流行下での外出を推奨するものではありません。緊急事態宣言、蔓延防止等重点措置、等が発令されている場合は政府や行政に従い、外出は自粛するよう心がけましょう)

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